アパレル業界人必見!ファッションビジネスで必要となる専門的な知識について解説しています。

「セリーヌ」を人気ブランドに押し上げたフィービー・ファイロ

フィービー・ファイロの生い立ち

フィービー・ファイロ(PHOEBE PHILO)は1973年パリ生まれ。育ちはロンドン。

セントマーチンズ卒業。学校のステラ マッカートニーとは在学時から親しい。1996年の卒業コレクションはラテン風のもの。卒業後、ロンドンのデザイナーパメラ・ブランデルの元でしばらく働く。

フィービー・ファイロ「クロエ(Chloé)」デザイナー時代

その後、ステラ マッカートニーが立ち上げたばかりのブランドを手伝う。1997年に「クロエ(Chloé)」に入社。クロエの親会社リシュモンにスカウトされてステラ マッカートニーがクロエのチーフ・デザイナーに就任。その際ステラが、フィービー・ファイロも一緒に入社させてもらえるよう頼んだことがきっかけでクロエで働き出す。ここからフィービー・ファイロはクロエのアシスタントデザイナーに就任。フィービー・ファイロはステラ マッカートニーとともに、可愛らしいキャミソール、プリントのTシャツ等を打ち出し、クロエのイメージを若々しいものに変えていく。これが功を奏して、クロエの売上は大幅アップ。就任前の約5倍にまで跳ね上がる。2001年ステラマッカートニーが自身のブランド立上げに伴いクロエのデザイナーを辞任。その際、これまでの功績がたたえられてフィービー・ファイロはチーフ・デザイナーに後任として就任することになる。ステラ・マッカートニー(Stella McCartney)から「クロエ」のクリエイティヴ・ディレクターを引き継ぎ、02年春夏コレクションでデビュー。就任後もクロエの業績は好調。ユーモアかつ可愛らしいブラウス、細身のパンツなどは今も人気を集めている。妊娠したため2005年秋冬コレクションからデザインチームがコレクションを手がける。2006年1月、フィービー・フィロが「家族との時間を優先したい」という理由で正式にクロエのチーフデザイナーを辞任。

 

Philo Diary(@phoebephilodiary)がシェアした投稿

フィービー・ファイロ「セリーヌ(CELINE)」デザイナー時代

その2年後に2008年、LVMH傘下のセリーヌのクリエイティブディレクターに就任。「セリーヌ」に加わる際にも、同ブランドの拠点であるパリではなく、家族と暮らすロンドンにデザインスタジオを置くことを実現させた(こういったケースはラグジュアリーブランドでは極めて珍しい)。

フィービー・ファイロの功績

ファイロは、現代女性に寄り添うだけでなく、新しい価値観を提案してきた。その背景には、自身のライフスタイルを大切にしていることがあるように思う。彼女の作る服は単に女性のためのものというだけでなく、女性とは何かを表しているもの。気晴らしや日課、着こなし、グラマーに対する遠回しな欲、ベーシックの軽蔑、ユニフォームへの愛、知恵、成熟さ、その全てが毎シーズンのコレクションで表現されている」と。そして、「彼女の旅立ちはファッションにおいて重大な分岐点になる。今後、我々は女性の感情や経験、年齢などの幅広い領域を尊重したデザインを見ることが減るだろう」という。

多くの女性から共感されるフィービー・ファイロ

ファイロは才能溢れるデザイナーであると同時に、母であり妻であることを尊重してきた。そんな彼女だからこそ、これほどまでに多くの女性から共感や支持を得ることができたのだろう。そして、ファイロのインスピレーション源は日常生活の中にある。それは、都会で働く女性であったり、子供のお迎えに行く母親であったり、現代社会を映し出している。しかし、そこに独創的なアイデアやウィットを加えて表現することで、我々にいつも驚きやワクワクを与えてくれた。ホーリンは「ファイロはおそらくもうファッション業界に戻ってこないだろう」と推測し、「彼女がファッション以外の挑戦に力を注ぐ姿が想像できる」と語っているが、個人的にはまたファイロがファッションを通して、我々を楽しませてくれる日を待ちたい。

セリーヌ、フィービー・ファイロが生んだヒットアイテムの数々

大ヒットラゲージシリーズ

「ラゲージバッグ」は、「第2のバーキン」と言われるほど。
世界中にCELINE(セリーヌ)旋風を巻き起こしました。

「クラシック ボックス(Classic Box)」

「ラゲージバッグ」の次に人気だといっても過言ではない、「クラシック ボックス」シリーズ

2020年に長い沈黙を破り、フィービー・ファイロがついにブランドを立ち上げることに?

WWDのリポートによると、「アメリカとヨーロッパ両方の」複数の情報筋が、ファイロが新しいコレクションを予定しており、彼女のチームで一緒に仕事をするデザイナーの面接をしていると認めている。ここに来て業界への復帰のうわさが複数の情報筋からもたらされている。